建築家・安藤忠雄に学ぶ「恐れない」仕事術

2017.12.05

独創的なデザインの建築物を数多く設計し、国際的な賞を受賞するなど輝かしい実績を誇る建築家・安藤忠雄氏。世界的に知られる建築家となった今も挑戦を続ける一方で、仕事や働き方に対しても自身の経験をもとにした独自の考えを発信し続け、学生から社会人まで多くの人々に大きな刺激を与え続けています。

何度も逆境を乗り越え活躍の場を広げてきた安藤氏の仕事術は、働き方や仕事への向き合い方に悩む私たちが学ぶべきことがたくさんあります。
今回は、建築家・安藤忠雄氏の仕事に対する考え方とそこから私たちが学べることについてご紹介します。

思いを確実に現実化していく行動力を学ぶ

安藤氏の仕事に対する姿勢の中でも特に強い印象を受けるのは、思いを思いだけで終わらせない行動力です。

独学で学んだ建築

高校時代に建築への道を志すことを決めたものの、祖母との二人暮らしで裕福とはいえない家庭環境だった安藤氏は大学へは進学せず独学で建築を学ぶことにします。大学の建築科に進学した友人にテキストを借りて1年かけて読み込んだり、通信教育で図面の書き方を学んだり、書籍に掲載されていた有名な建築物の図面を繰り返し書き写したり……今の環境の中でできることに集中して取り組むのです。

また「実際の建築物を見なければ理解したことにならない」と22歳の時に日本各地の有名な建築物を見て回る旅に、24歳の時に世界に点在する有名な建築物を見て回る旅に一人で出ます。
安藤氏はこれ以降もこうした建築を巡る旅に何度も出ていますが、その理由としてこう述べています。

「知識は年をとっても身につくが感性は鈍る。(中略)本物に接することが大事なのです」(『15歳の寺子屋 境界を超える』)

いわゆる座学で知識はいくらでも付けることができますが、自分の目や耳や手を働かせて得たものに勝るものはありません。
経験がないなら出来る範囲で極限までやってみる、知識がないなら基本的な勉強をした後に実際の事例に触れる。安藤氏のこうしたエピソードは自分から動く積極的な姿勢が働く上での前向きな意識を培う土台を作るのだということを教えてくれます。

空き地を見付けては頼まれてもいない設計プランを考え、提案しにいく積極性

こうした積極的な姿勢から生み出された前向きな意識は、仕事に対してもいかんなく発揮されています。
1969年、28歳の時に安藤氏は設計事務所を立ち上げます。しかし、最初から仕事の依頼があったから立ち上げたのではなく、依頼がないにもかかわらず建築設計という仕事をしたいために立ち上げるという、通常とは逆の順番です。まさにゼロからのスタート。

とにかく仕事を得るためにコンペに応募し続ける一方で、空き地を見かけたら頼まれてもいないのにそこに建てる建築物を空想でデザインして土地の所有者に提案しに行ったほどストイックに行動しました。

なぜそんな行動に出たのかというと、「仕事は自分で作らなければいけない」という思いからでした。建築系の学歴がなく、設計に関する実績もなく、仕事を紹介してくれる人脈もない、そんな環境で仕事を得るには一にも二にも行動あるのみだった訳です。

仕事は自分で作る、こういう意識は経営者だけでなく会社に雇用されている人にも今や必須のものでしょう。これまでとは違う働き方をしたい、もっと充実した仕事をして人生そのものをも充実させたい、そういった思いを満たすには自分からやりたいことを見付けてプレゼンしていく行動力が不可欠です。

ぶつかった壁を乗り越える強さを学ぶ

安藤氏の仕事術から学ぶべきこと、その2つ目は仕事をする上で必ず出てくるさまざまな壁を乗り越える強さです。

国際色豊かなチームでの挑戦

1991年、50歳の時、安藤氏は日本人として初めてMOMA(ニューヨーク近代美術館)での個展を開催することになります。何といっても初めてのことで紆余曲折があり開催まで準備がスムーズに進むことはなかったのだそうですが、新しい挑戦に一切迷いはなかったのだとか。

「新しい挑戦は不安ですがそれを乗り越えて得られるものがあります。挑戦すると多くの敵ができるが、批判にさらされることで自分を見直すことができ、後々の大きな力になるのです」(『仕事をつくる 私の履歴書』)

1992年に開催されたセビリア万博で、日本建築の伝統美と高い技術を再現した日本館の設計を担当した安藤氏は、日本やモロッコ、スペインにフランスなどの国際色豊かな職人が集まったチームでプロジェクトを進めました。言葉の壁だけでなく建築に関する意識の違いなどさまざまな問題が次々と出てくるため、かなり困難だったと後に回顧しています。

しかし何度も話し合いを重ねることで思いを共有し、結果的に互いを信頼し合えるチームとして結束を固めることに成功。日本文化を発信した展示館として最終的には万博の各国のパビリオンの中でもひときわ話題を集め、多くの人を集めることに成功します。

計画途中に出てきた課題は担当者同士ですぐ話し合う

 

壁にぶつかったとき、スランプに陥ったとき、不安が消えないとき、安藤氏は常に目の前の小さな問題に対峙して1つずつ解決していく方法をとっています。特にうやむやにせず解決するまで話し合うという姿勢を崩しません。それは相手が職人であっても行政担当者であっても設計の依頼主であっても変わりません。

大きな目標を達成するためにはまず目の前の小さな課題をきちんとクリアする、その繰り返しによって結果的に求めていた目標に到達する。この考え方は、チームでプロジェクトを進めていく上で私たちにも不可欠な考え方です。

周りを巻き込む熱意を学ぶ

安藤氏の仕事術の中で最後に特筆しておきたいこと、それは周りを巻き込んで新しい世界を創り出していく熱意です。

賞賛も批判も浴びた「住吉の長屋」が安藤氏の設計活動の原点

自ら実質的なデビュー作品と公言している「住吉の長屋」は1976年に設計された個人住宅です。まだ知名度がほとんどなかった安藤氏のこの作品は、快適性を重視するはずの個人住宅にもかかわらず中庭に屋根がなく、雨の日は母屋へ濡れながら移動しなければならないという設計をかなり批判されました。

しかし安藤氏は自然が身近だった長屋暮らしの経験から「人は自然の一部であり自然の移ろいを感じることが生活に潤いをもたらす」という、機能性重視の考えと相反する設計意図を施主に伝えました。
完成当初こそ施主も寒さや不便さに関する不安を訴えていたそうです。しかし実際に住み始めた施主は「自然の変化に対して心が躍ったり闘ったり恨めしく感じたり、生きることに飽きるということがなかった。安易な利便性を排除することで精神的な大黒柱をもらった」とその後20数年間、周りからすれば不便とも思えるこの住宅に暮らし続けています。
施主のこの言動こそが、安藤氏が提案する住宅のあるべき姿への思いに強く共感していることの証しでしょう。

建築家としての経験と人脈を生かして社会貢献を目指す

安藤氏の活動は建築設計にとどまらず、大阪の街に桜を増やそうという活動や東日本大震災の孤児を対象とした育英基金の設立など、社会貢献事業にも広がっています。かつて国際チームでさまざまな建築物を設計するステップを踏んできたからこそ、行政担当者や企業経営者など多くの人を巻き込んで新しいものを創り出していける、そんな力強さがあります。

何かを成し遂げるためには個人の力では限界があるため、目標に向けた強い熱意で周囲にいる多くの人を巻き込み実現の可能性を高める。
これはチームとしてプロジェクトを日々進める立場なら身に付けたい考え方です。

挑戦することを恐れない

安藤氏は仕事をする上で不可欠なのは「構想力と実行力だ」と断言しています。
安易に妥協して理想を曲げるのではなく、困難だとしても現実を正面から受け止めて勇気を振り絞り、どうすれば乗り越えていけるかを常に考えながら実行していくことが大切なのだと。

安藤氏自身、コンペで連戦連敗を喫するなど必ずしも順風満帆な人生ではありません。だからこそマイナスな環境は行動することで打破し、極限まで続ける努力と周囲を巻き込む熱意で説得力のある結果を残してこられたのでしょう。

自分で立てた目標をクリアするためにベストを尽くすことを恐れない。
そんな安藤氏の仕事術を仕事への向き合い方の参考にしてみてください。

こうのゆみ子
こよなく愛する建築やインテリアの魅力を日々発信している住宅系ライター。趣味はドライブ、神社めぐり、読書、クロスワード。海や森や空の美しさに惹かれる自然愛好家。自撮りはしない派。ソウルフードはお好み焼き。広島出身。

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