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インサイトレポート

稲盛和夫から最も信頼された男・大田嘉仁さんが語る、破綻したJALが奇跡のV字回復を実現できた「リーダー教育」と、「善き思い」「利他の心」とは?

2019.01.25

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2010年、日本を代表する有名航空会社の日本航空(JAL)が経営破綻しました。その負債総額は戦後最大の2兆3千億超——。

しかしそのJALは、翌年の2011年には黒字化に成功。翌々年の2012年9月には、経営破綻に伴う上場廃止から2年8カ月ぶりに、東京証券取引所第1部に再上場を果たしました。

奇跡のV字回復を牽引したのは、京セラや第二電電(現KDDI)の創業者・稲盛和夫さん。誰もが不可能と思ったJAL再建に無給で取り組み、成功させた「カリスマ経営者」ですが、JALの会長就任に当たってたった2人の部下を京セラから連れて行ったことは、あまり知られていません。

そのうちの一人が、今回お話を伺った大田嘉仁さんです。
「稲盛和夫から最も信頼された男」と称された大田さんは、JAL再建において軍師のごとく腕をふるい、わずか5人のメンバーで3万2千人もの社員の意識改革に挑戦しました。その貴重な記録を綴った初の著書『JALの奇跡』(致知出版社)は、ビジネス書としては異例のベストセラーとなっています。

そこで、今こそビジネスパーソンに必要な「善き思い」「利他の心」について、大田さんに伺いました。

航空業界未経験——
孤独とバッシングの中、JAL再建に着手

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▲柔和な笑顔が印象的な大田さん

——稲盛和夫会長と共にJALに行くことになった当時、航空業界は未経験、しかも倒産した会社の再建と、相当なプレッシャーだったと思います

大田嘉仁さん(以下、大田):はい。当時はどのメディアにも「必ず失敗する」と書かれました。
一番の不安は「稲盛(和夫)さんの晩節を汚すことになったら」ということでした。稲盛さんは会長就任の数日後には79歳になろうというときでしたから、やはり体力的なところを周囲は心配していました。

——稲盛会長自身も、最初は就任を固辞されていたんですよね。

大田:ええ、最初は頑なに断っていたんです。でも、最終的に「稲盛さんがやってくれないなら、会長空席のまま再出発することになる」と言われ、JALの社員や、日本経済を救うためにあえて火中の栗を拾う道を選ばれたんです。ですから私も、何があってもサポートしなければという思いでした。

——とはいえ、最初の数カ月間は大変だったとか。

大田:そうですね。倒産はまるで他人事で、他の部署の批判ばかりをするのが当時のJAL社員の特徴でした。数字にも無関心だったので、この再建は大変だと思いました。

——大田さんご自身も「招かれざる客」だったそうですね。

大田:落下傘部隊のように飛び込んでいったわけですから、JALの社員にしてみれば当然「招かれざる客」なわけで、大変に孤独でした。何を提案しても、「それは意味がありません」と言われてしまう。あの孤独感は、なかなか体験できないと思います(苦笑)。

——それを乗り越えられたのは、なぜですか?

大田:一番は、やはり稲盛さんがあれだけ一生懸命やっているのに、自分が迷惑をかけるわけにはいかないということです。もう一つは、JALの人たちも可哀想な状況だったので、なんとか元気づけたかったから。ただ、最初の頃は家内が私の世話をしようと滋賀から東京までよく来てくれましたし、私も週に一回は京セラに戻っていましたので、そこで元気をもらいましたね。あれがなければ、もたなかったかもしれません。

——もたなかった、というのは?

大田:早々に、体調に異変が起こり目が腫れてしまったり、夜、眠れなくなり体が勝手に起き上がってしまうようなこともありました。だいぶ後になってからですが、JALの方々が「大変に申し訳ありませんが、当時は『京セラから来た人のなかで一番悪いのがあいつ(大田)だろう』と思っていました」と言われました(笑)。稲盛さんは“象徴”で、現場で実際に行動するのは若い私だろうから、「とにかくあの人の言うことは全部反対しよう」と(笑)。いまでは笑い話ですが、JAL退任後も、この最初の数カ月のことはしばらく思い出したくありませんでしたね。

素晴らしいリーダーがいなければ、組織をまとめることはできない

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▲JALの社員たちも大田さんに心を寄せるように、アルバムには多くの感謝のメッセージが並ぶ

——それでも、縁もゆかりもないJALの方たちを「元気づけたい」と思えるものでしょうか。

大田:それはもう「性善説」なんです。稲盛さんからも人間の存在は本来素晴らしいものだと常に教えてもらいましたが、私自身も、経験上、そんなにひどい人が世の中にいるはずはないと思っているんです。JALの方々が反発するのは当然で、彼らも本当はいい人に違いないと信じていた。ただ、時間はかかるだろうなと思っていました。
とはいえ、あれがあともう数カ月続いたら、体力的にも精神的にも厳しかったかもしれません。

——ターニングポイントはどこでしたか?

大田:実際に、リーダー教育を始めてからです。

——なぜリーダー教育を始めようと思ったのでしょうか。

大田:経営上最も大事なことは、経営幹部に立派な人間性を持つ、すばらしいリーダーを据えることです。どんな困難に直面しても真正面から取り組む勇気があって、部下や仲間を大切にする優しさをもっているリーダーでなければ、小さな部門さえまとめることはできません。しかし、当時のJALにはそうしたリーダーがいなかったんです。そこで、リーダー教育が急務だと思いました。

——このリーダー教育は、着任から4カ月ほどで始められたそうですね。おまけに週4回の勉強会。かなり過密ですが。

大田:これは、再建そのものが「3年で終わらせる」と計画されていたからです。稲盛さん自身も体力が持つのはそのぐらいだとおっしゃっていたので、そこからやるべきことを逆算していきました。

——参加する幹部は実際の業務をこなしながらですから、周囲の反発はなかったのでしょうか?

大田:大反対ですよ。一番大変な時でしたから。最初の2週間ぐらいは、集められた幹部たちの顔に「なんでこんなことを」という思いがありありと浮かんでいましたね。でも、これは絶対に譲れなかった。また、週4回は確かに過密ですが、人はすぐに忘れてしまうので、勉強会は毎日のように行う必要を感じていたんです。いつか必ず理解してもらえるはずだと思っていましたので、強引すぎると批判されても、一気呵成に進めました。

ある幹部の一言で、JAL社員の心が変わっていった

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▲当時を思い出す表情からは強い信念が伺える

——稲盛会長の経営哲学は、必ず伝わると。

大田:はい。実際に稲盛さんにも週に一回講義をしていただきましたし、稲盛さんも体調を崩しているときも「血を吐くような思いで話をしているので、ぜひ理解してほしい」と熱く語られました。そんなあるとき、ある幹部が手を挙げて「私が間違っていました」と言ったんです。

——「ブレイクスルー」の瞬間ですね。

大田:手を挙げたのは、いちばん頑固だと言われた人だったんです。それをきっかけに、場の空気がガラリと変わりました。そのうち、「私も早く講義を受けたい」という人が現れるようになり、私に対する視線も変わったような気がします。
結果として、3年という時限を決めたのは、良かったと思います。これが5年、10年計画だったら、ずるずると後伸ばしになったかもしれませんから。
心が変わるという瞬間はあるし、変わるとこれほど強いものはないだろうと思います。

——一番困るのは、面従腹背の人だともおっしゃっていましたね。

大田:はい。何よりも、社員一人ひとりに「自分のことだから頑張ろう」と思ってもらうことが一番大事なんです。そう思ってもらえるようにメンバーをまとめるのが、経営者の一番の役割。そういう会社であれば必ず伸びるというのが、私が稲盛さんから学んだことです。

稲盛経営の要「アメーバ経営」も、社員の心の部分が作られてこそ

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▲稲盛会長は人生や仕事に対する考え方を「フィロソフィ」と呼ぶ。大田さんはJALのフィロソフィも作成し、手帳にして社員に配布した。

——そうした心の部分と、アメーバ経営という手法がセットになっていくわけですね。

大田:はい。アメーバ経営というのは、組織をアメーバと呼ぶ小集団に分ける経営管理手法です。リーダーを中心に計画を立て、メンバー全員が知恵を絞り、力を合わせて努力をすることで、目標を達成していきます。そうすることで、「全員参加経営」が実現されるわけですが、心の部分ができてから、「お前にこれを任せる」というのが順番だと思います。
どこの会社でも、部署ごとにノルマを与えて競争させますが、そういうときに心の部分が欠落し、面従腹背になっていますと、「忙しかったから」とか、「景気が悪かったんです」とか、言い訳を探すようになってしまいます。
しかし、社員一人ひとりが当事者性を持って仕事に向き合うと、おのずと結果も変わってくると思います。

——わきあがってきたやる気を、実際に発揮するプラットフォームがアメーバ経営なんですね。

大田:そうです。数字が自分でもわかるので、やる気が喚起されている社員にとっては、非常にやりがいがあると思います。

仕事や人生の結果を変える、「大善」「小善」「独善」の違い

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——そこから猛スピードでJALは再建していくわけですね。

大田:はい。稲盛さんは人生や仕事を成功させる方程式を示していますが、この「成功方程式」では、プラスの考え方を持つことが非常に重要なんです。優秀な能力を持っていても、考え方を間違えたために失敗した例は枚挙に暇がありません。

◆稲盛流・成功方程式
「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」

大田:能力や熱意と違って、考え方には、マイナス100点からプラス100点まで大きな幅があります。人生・仕事の結果をよくしようと思えば、この考え方をプラスにしなくてはならないのです。

——具体的にはどのようなことでしょうか。

大田:例えば、「仲間を信じる」「自分の未来を信じる」という、前向きな考え方です。JALの再建も、やはり稲盛さんが「必ず再建できる」と断言されたのがスタートでした。その究極にあるのが「善きことを思えば、善きことが起こる」という考え方です。大事なことは、「自分の心に従って、善きこと(判断)をする」ことなのです。

——因果応報の法則ですね。

大田:善き思いには、「大善」「小善」があると言われています。
「大善は非情に似たり、小善は大悪に似たり」というように、大善をなすということは、たとえば子どもや部下の成長を願い、ときに非情に徹するほど厳しく育てることです。いっぽう、子どもや部下を甘やかし、結果として本人の成長を阻害してしまうような優しさは、小善でしかありません。

——表面上の優しさだけが善ではない。

大田:それと「独善」というものがあって、これも問題です。本人は善きことをなしていると思っていても、私心が入り、独善になっていることがよくあるからです。それでは組織はまとまりません。リーダーは、常に本当の「善きこと」とは何かを真摯に考えるべきでしょう。稲盛さんがまさにそういう方でした。

——では、稲盛会長は大田さんのことをどのように評価されていますか。

大田:「自己主張が強すぎる」とか「強引だ」とか、まあいろいろ言われましたよ(笑)。だけど、稲盛さんはそれを知った上で私を起用してくれたのだと思います。

——逆にそういうところを見込んで、JALに連れて行かれたのかもしれませんね。

大田:周囲の人からは「稲盛さんと大田さんは対等に話をしている。そんな秘書は見たことがない」と言われたこともあります。そんなことはないと思うんですが、私の配慮のなさの表れかもしれません。
でも、稲盛さんからは「お前は生意気だと言われているので、先輩にもっと気を使うべきだ。だけど俺には変な遠慮はいらない。思ったことをどんどん言っていいからな」と話してもらえたので、すごくありがたかったですね。

——上司に自分のことを受け入れてもらえたというのは、大きいですよね。

大田:人間的に多少歪(いびつ)なところもわかった上で使ってもらって、本当に感謝しています。JAL着任当初の困難を乗り越えられたのも「自分も稲盛さんに認めてもらったんだから、私も、JALの人たちをちゃんと受け入れよう」と思えたからかもしれません。

——「働き方改革」も含め、昔とは労働観も変わってまいりました。不安を抱えているビジネスパーソンに向けて、一言お願いします。

大田:いま、熱意を持って仕事をする社員が極端に減ってしまいました。日本ではわずか6パーセントで世界最低だというデータもあります。
ですから、労働時間を短くするだけの「働き方改革」では意味はありません。いかに熱意をもって中身の濃い仕事をするか。それが与えられた仕事であっても、自分なりのビジョンを描いて、無我夢中でやっていると成果が上がり、好循環が生まれると思います。私のJALの仕事も与えられたものでした。でも無我夢中になることでアイデアは生まれ、再建という「奇跡」を体験できましたから。

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大田さんにとって「働くこととは?」と聞くと、「私は運良く、稲盛(和夫)さんの描く夢を一緒に追いかけてきました。稲盛さんに喜んでもらいたい、一緒に働いている人に喜んでもらいたいという気持ちは常にありました」と答えてくれました。
まさに「利他」の心を継承してきた大田さん。「JALの再建も稲盛会長の『利他の心』『善き思い』が導いた奇跡ですが、善き思いを貫けば、素晴らしい人生が待っていることを、この再建が示してくれました」としめくくられました。

「自分の心に従って、善きことをする」。
仕事というのは、楽しいことばかりではありません。でも、だからこそ、そんな素晴らしい人生を体現できる場所なのかもしれません。


大田嘉仁(おおた・よしひと)
1954年鹿児島県生まれ。立命館大学卒業後、京セラ入社。米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、2010年12月日本航空(JAL)会長補佐・専務執行役員に就任(2013年3月退任)。現在は、稲盛財団監事、立命館大学評議員、日本産業推進機構特別顧問、鴻池運輸社外取締役のほか、新日本科学、MTG等、数社の顧問を務める。

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「JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの」(大田嘉仁・著/致知出版社・刊)

取材・文/吉田知未、撮影/五十川満、編集プロデュース/藤田薫(ランサーズ)

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