はたらき方の可能性を
拡げるメディア

インサイトレポート

がんを患ったら仕事はどうなる? がんと共生し、笑顔で過ごせる社会を目指す
「LAVENDER RING」インタビュー

2018.09.04

1,2

日本人の2人に1人は患うと言われている病、がん。医療の発展により、がんと共生する人が増えている昨今だが、その一方、社会には偏見も根強く残っている。そこで、がんになっても笑顔で暮らせる社会の実現を目指して有志による支援を行っている団体「LAVENDER RING」(ラベンダー・リング)と、その主催者に話を聞いた。

がんサバイバーの“笑顔”を世に広める

2018年8月11〜12日、国立がん研究センター中央病院にて、日本最大級のがん医療フォーラム「ジャパンキャンサーフォーラム2018」が開催された。そのブースの中で、ひときわ異彩を放っていたのが『MAKEUP & PHOTOS WITH SMILES』というイベント。

訪れたがんサバイバー(がん罹患経験者)が、資生堂のスタッフにヘアメークをしてもらい、プロのフォトグラファーがスチール撮影を行う。その写真にサバイバー本人がいま熱中していることを手書きで書き添え、その場でポスターにしてもらえるというものだ。

出来上がったポスターはすぐに、会場に掲出される

▲出来上がったポスターはすぐに、会場に掲出される

プロスノーボーダーの渡部亮さんも参加

▲プロスノーボーダーの渡部亮(わたなべ・りょう)さんも参加

参加したサバイバーたちは、スタッフによるメークや肌のケアについてのアドバイスに、熱心に耳を傾けていた。またカメラの前では、少し照れくさそうにしながらもフォトグラファーのリクエストに応え、様々なポーズを取っていく。現場には笑顔と笑い声が溢れており、終始、穏やかなムードが流れていた。何も知らない人が見たら、これががんサバイバーの集いであることなど微塵も思わないだろう。

サバイバーだけでなく、メーキャップ担当者も笑顔に

▲サバイバーだけでなく、メーキャップ担当者も笑顔に

プロのカメラマンとデザイナーによる仕上がりは、超一級

▲プロのフォトグラファーとデザイナーによる仕上がりは、超一級

同イベント参加していた、急性骨髄性白血病を患った経験を持つTVディレクターの蒔田真弓(まきた・まゆみ)さんはこう語る。

「会場の皆さんが笑顔になっていくのを目の当たりにして、改めてヘアメークや写真の力を実感しました。私自身も入院中はずっとパジャマにすっぴんで、髪も抜けてしまっていました。久しぶりの外出でメークをし、ウィッグを被ったときの喜びを思い出しますね。参加することで、自分に自信が持てたり、自分を好きになれたりするきっかけにもなると思います」

「Transmit」WITH CANCER(蒔田真弓さん)

▲「Transmit」WITH CANCER(蒔田真弓さん)

このイベントをプロデュースしているのは「LAVENDER RING」という団体である。同団体の主催者のひとりである御園生泰明(みそのう・やすあき)さんはこう語る。

「多くの人にとって、がんは死のイメージと直結していると思います。でも、がんを克服・共生しながら、いきいきと自分らしく暮らしている人たちが沢山いるんです。そういう人々の笑顔を一人でも多くの人々に知って欲しくて、このイベントをはじめました」

そう語る御園生さん本人も、がんサバイバーの一人だ。

きっかけを作った、御園生泰明さん

▲きっかけを作った、御園生泰明さん

妻が運転する車の中で泣いたことも

広告会社の部長を務める御園生さんは、現在41歳。2人の子供を持つ父親だ。しかし、2015年にステージ3Bの肺腺がんと診断。がんは切除できないほど進行しており、抗がん剤の治療しか選択できない状況だった。現在はステージ4。3〜4週間に1度の治療を受けながら、仕事を続けている。

「基本、フルタイムで働いていますよ。ただ、抗がん剤の治療を受けている間はスケジュールをゆるくしてもらっています。とはいえ、その間も上司や部下とはメールや電話でやりとりをしていますし、点滴を打ちながら資料を作ってクライアントさんにメールで飛ばしていることも。治療期間中、部下たちは『部長は出張に行ってるのでは?』くらいにしか思ってないかもしれないですね(笑)」

丁寧に、そして熱く、がんとの共生について語る

▲丁寧に、そして熱く、がんとの共生について語る

そう笑顔で語る御園生さんだが、彼ががんを受け入れ、共生していく決意をするまでに、どんな逡巡があったのだろう。

「担当医から『現在の医療では根治は困難です』と言われたときは、本当に悔しかったですね。やりたい仕事が沢山あって、それをやれる環境もある。しかも自分には妻も子供もいる。子供はまだ二人とも幼い。そのすべてを、なぜ取り上げられなくちゃいけないんだ?と。自分の人生をすべて否定されたような気持ちになって、妻が運転する車の中で泣いたこともあります」

がん宣告を受けたとき、御園生さんは今後の身の振り方について自問自答を繰り返した。中でも戸惑ったのが、この現実を周囲にどう伝えるかだった。

「妻は自分が診断を受けていく過程を見ていたので、辛い結果ではあるものの結果をシンプルに伝えることが出来ました。しかし、職場にどう伝えるかは相当悩みました。仕事を辞めたほうがいいのではないか、とも考えたこともありました。そこで信頼できる当時の上司に相談したんです。『がんになりました』と。すると彼は驚きつつも、こんなことを言い始めたんです。『よし、じゃあオープンにしよう!』。一体何のことやらわかりませんでした」

がんを宣告された当時の御園生さんの上司であり、ともに「LAVENDER RING」を運営する月村寛之(つきむら・ひろゆき)さんはこう語る。

「がんに対する知識と配慮を、カジュアルに共有できる世の中を目指したい」(月村寛之さん)

▲「がんに対する知識と配慮を、カジュアルに共有できる世の中を目指したい」(月村寛之さん)

「御園生の写真を使ったシールを作りました。キャッチコピーは『FIGHT TOGETHER』。一緒に闘うことで僕らも強くなれる、という意味を込めました。そのシールをラップトップPCの背面に貼ったんです。すると打ち合わせしている相手が『これは何?』と質問してくる。そこで、『実は御園生ががんと闘っていてね』と説明をしていく……。こうすれば彼の状況を、職場やクライアントさんなど多くの人が理解してくれるだろうと思ったんです。また、当時、御園生が所属していたチーム全員に彼の治療スケジュールを共有し、その間のサポートをお願いしました。それくらい彼は惜しい人材だったんです」

「FIGHT TOGETHER」シールを作成し、まずは自分のPCに貼った

▲「FIGHT TOGETHER」シールを作成し、まずは自分のPCに貼った

同じ病で闘う人々を知ったとき、世界が変わった

月村さんのアイデアには御園生さんも驚いたという。そしていくら感謝しても足りないという。

「いろいろな考え方があると思いますが、自分の場合は病気のことを知ってもらうほうが楽ですね。説明する手間が省けるし、仕事の進み具合を考えてもそうです。たとえば、いま僕が受けている抗がん剤は、約10日間ほど二日酔いのような気持ち悪さが続きます。それを事前にみんなが知っておいてくれることはありがたいことだし、自分も『来週になったら120パーセントのパフォーマンスを発揮するので今は許して!』なんて言えます。誰もがこういう環境を得られるわけじゃないと思うので、自分は本当にラッキーです」

さらに御園生さんを勇気づけたのは、同じ病で闘っている人々が大勢いることを知ったことだ。

「たまたまネットで、フットサル選手の久光重貴(ひさみつ・しげたか)選手(湘南ベルマーレ)を知りました。彼は自分と同い年くらいで、同じ肺腺がんに罹っているにも関わらず、日本一を獲るという目標を立てて練習と治療を続けている人なんです。そして仕事仲間のツテを辿ってみると、がんサバイバーであるにも関わらず現役で働き続けている人が沢山いた。あるサバイバーは『もちろん人によって全く違うが、御園生の病状を聞くと、3年は余裕で生きられると思う。うまく行くと5年。何なら10年間、大丈夫って人もいるぞ』と笑っていました。そういう人々との出会いを通して、自然と『俺もまだいける!』と思いはじめたんです」

「Futsal」WITH CANCER(久光重貴選手/湘南ベルマーレ)

▲「Futsal」WITH CANCER(久光重貴選手/湘南ベルマーレ)

周囲の人々の生き様にパワーを貰った御園生さんは、あることに気付かされたという。

「これはがんサバイバーにとっても罹っていない人にとっても同じなのですが、人生は有限です。誰にだって等しく死は訪れる。だとしたら、走り続けることが出来る間は人生を楽しまなきゃもったいない、と考えるようになりました。それまでの自分は典型的な仕事人間でいまでは考えられないくらい長時間働いていたんですが、そういう生活は一切やめました。プロジェクトのステップを明確にして、短い時間で集中して密度の高い仕事をする。そして、しっかり帰宅して家族との時間を楽しむ。自然と働き方改革みたいなものが身についてきたんです。仕事のクオリティを落とさずに家庭と両立するこのワーク・ライフ・バランスは、がんにならなければ実現できなかったことかもしれません」

「元気ながんサバイバーは、大勢いるんです」(御園生さん)

▲「元気ながんサバイバーも、大勢いるんです」(御園生さん)

がんサバイバーに対する偏見をなくしたい

こうして御園生さんは、今まで以上に職場と家庭を両立した生活を営むようになった。その一方で、自分をがん患者だと知る人から、戸惑いの目、哀れみの目を向けられることに違和感があった。

「昔の映画やドラマやワイドショーの影響だと思うんですが、『がんになったら人生終わり』というイメージが大きいんでしょうね。でも、僕は一般の人と同じように普通に生活をしているし、未来を見ている。他のがんサバイバーの人々だって同じです。近年の医療の発展のおかげで、がんは必ずしもすぐに死に至る病ではなくなってきました。特に初期のがんであれば根治できる可能性が高いものが増えてきた。僕のように根治は難しいと言われているがんでも、共生していくことが出来るようになってきた。こういう現実を一般の人々は知らないのかもしれない。そう考えて、先の月村さんと一緒に『LAVENDER RING』をはじめることにしたんです」

イベントには、ご夫婦で参加される方も

▲イベントには、ご夫婦で参加される方も

仲良く寄り添う姿に、スタッフからも自然に微笑みが

▲仲良く寄り添う姿に、スタッフからも自然に微笑みが

『LAVENDER RING』は、資生堂やNPO法人のキャンサーネットジャパンなどと連携しながら活動を開始。中でも2018年2月4日の世界がんデーに開催した『LAVENDER RING DAY』はヤフー株式会社の協力の下、先述のMAKEUP&PHOTOイベント、がんサバイバーたちのトークショー、がんのカミングアウトを容易にするツールを開発するハッカソン、がんになったことで起きる問題を解決するためのデザイン・アワードが発表されるなど、多様性のあるイベントとなった。

「このイベントを通して、がんでも元気でいられる、がんでもやりたいことができる、そんなことに気づいてくれる人が一人でも増えると嬉しいですね。そうすれば偏見がなくなり、社会も変わっていくんじゃないかと思います。少し大きなことを言ってしまいますが、自分の最終目標は、みんなが支え合える社会を作ることなんです。『LAVENDER RING』のMAKEUP&PHOTOイベントでいえば、自分も含めスタッフは全員ボランティア。それぞれがやれることを持ち寄って作り上げています。こうやってみんなで支え合い、楽しみながら社会を作り上げていく。それが多くの人のいきいきとした笑顔につながっていくんじゃないかと考えています」

御園生さんは柔らかく微笑みながらそう語った。
その瞳には将来の夢と目標、そして強い意志が宿っていた。

「Produce」WITH CANCER(御園生泰明さん)

▲「Produce」WITH CANCER(御園生泰明さん)


「LAVENDER RING」(ラベンダー・リング)
企業や人、行政や学校、病院など、活動の趣旨に賛同する有志が自由に参加し、それぞれが「できること」を持ち寄りながら、がんになっても笑顔で暮らせる社会の実現を目指して具体的なアクションを起こしていく場、プロジェクト。
ラベンダーリング公式サイト http://lavender-ring.com/

御園生泰明
広告会社に勤務。数々のヒットCMをプロデュースしてきた経歴を持つ。支援団体「LAVENDER RING」を組織し、がんとがんサバイバーの理解を深めるために日夜奮闘している。家庭では夫であり、2児のパパでもある。

取材・文/尾谷幸憲
写真/千々岩友美(インタビュー、イベント)

この記事をシェアする

RANKING

注目のキーワード