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『気になる移住者』働き方の新たな価値観を追いかける、早稲田大学院卒の「マタギ見習い」

2018.01.15

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早稲田大学大学院の建築学部を卒業後、2014年春より秋田の山奥でマタギ見習いをしている橋本明賢さん。彼が追究しているのは、ここでしか得られない貴重な体験。世間の常識にとらわれない彼のインタビューは、自分らしく生きたい、でも勇気が出ないという方への応援歌になることでしょう。東北奥の奥ライターが、そんな見習いマタギの生活、価値観を訊いてきました。

夜になると辺りが真っ暗になる人間らしい暮らし

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●マタギって言われても、ほとんどの方がイメージ湧かないと思います。具体的にどんなことをしているのですか?

マタギっていうと大半の人が「熊を撃つ人」みたいなイメージを持っていますよね。たしかに熊の駆除もしますが、それは仕事の一部でしかありません。実際は年間を通していろいろしていますね。
春は山を巡って山菜採りをして、夏は清流にもぐって鮎をとったり、秋には天然きのこを探したり。雪が降ってくると、鴨や山鳥などの猟期になります。この冬の間に、熊や山うさぎの有害駆除もします。

●自然と共生するのがマタギなんですね。「熊の有害駆除」って言われても分からない人も多いと思うんですが…補足してもらえますか。

増えすぎて農産物を荒らしたり、人を襲ったりする鳥獣の数を調整するのが有害駆除です。鉄砲で撃つ他にも、オリやワナで捕まえることもよくあります。

●橋本さんの1日の仕事の流れはどんな感じなんですか?

季節の流れの中で生きているので、決まった時間に出勤して帰るわけにはいきませんね。やることがあれば早朝から日暮れまで働きますし、特になければ数時間だけの日もあります。

●橋本さんがマタギ修行をしている秋ノ宮の湯ノ岳地区は、秋田県の中でもかなりの奥地ですね。電車はもちろん、十数キロ内にバスさえ通っていません。

湯ノ岳は、タヌキやクマがウロウロしているような僻地です。先日もこの近くで軽自動車と衝突して死んだクマがいます。ただ、僕が住んでいる横堀という場所は、ここから十数キロ離れた町場ですね。そこにアパートを借りて住んでいます。

●町場と言っても、田舎なので不便でしょう?

僕の感覚でいえば、田舎も都会もそんなに差がないですね。僕が住んでいる旧雄勝町は、人口6,000人台の小さな町ですが、コンビニやドラッグストアもあります。服やインテリアを買いたいという時に困るくらいでしょうか。ただ、そういったものは学生時代に東京でさんざん楽しんだので今は興味がありません。その意味で、僕自身は田舎にいても困ることはありませんね。

●そうはいっても、田舎にいて困ったこともあると思うんですが。ずいぶん環境が違いますからね。

しいて言うなら、Apple Storeがなくて困ったくらいですかね(笑)。東京に住んでいた時は身近にあったのに、秋田県にはApple Storeが1軒もないんです。というか、東北エリアでは仙台に1店舗あるのみ。だから、PCの修理に数百キロ先まで行かないといけない。実際、行ってみたらとんでもない長蛇の列でした。

●東北中のMacユーザーが集まっていますからね。それは混みますね(笑)。逆に、田舎ならではの魅力は何でしょう?

夜になるとあたりが真っ暗になる様を見て、あー、人間らしい暮らしだなと感じます。東京で暮らしていた頃は、夜中でもあたりが明るかったですからね。

お金はツールでしかない。日々生活できる分だけあれば十分

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●次になぜ、秋田県湯沢市に移住したのかをお聞きしたいんですけど、橋本さんはUターンではないですね。ご出身はメガネ生産で有名な福井県鯖江市ですね。

これについては学生時代からお話しした方が良いでしょうね。
僕は大学院で建築を学んでいたのですが、優秀な人が大勢いました。高度なレベルになるほど、彼らと比べて差があると限界を感じるようになり、卒業が近づくにつれ、引きこもりに近い状態になってしまいました。建築の道が閉ざされて、自分が何をすればいいのか分からなくなったんですね。
そんなタイミングでたまたま湯沢市にマタギがいることを知って会いにきたんです。その時に現在の師匠の菅詔悦さんが、ご自身がこれまで経験したことについて、夢中で話してくれて、この人の下で修行をしたいなと思いました。

●その一回の対話だけで移住を決断したんですか?!

そうです。今、菅さんは70代ですけど、その年齢になっても体験談を目をキラキラさせて話していたんですね。この人と一緒に過ごせば、「引きこもってる人生」から、「生きているって面白いなと思える人生」にできるかもと感じたんですね。

●一人の若者の人生を変えるくらいですから、菅さんのお話はよっぽど魅力があったんでしょう。

マタギというのは集団で山に入るのが通常のスタイルです。湯沢市の湯ノ岳マタギの場合、一人で山に入るのが基本です。それだけに、死ぬか生きるかの体験も多く、それをくぐり抜けてきた菅さんのお話は魅力的でした。

●なるほど。マタギといってもスタイルが違うのですね。あと、橋本さんが面白いなと思うのは、塾講師とマタギを兼業していますよね。塾講師はいつくらいから始めたんですか?

移住してすぐです。マタギだけで生活していけないことは、初めから分かっていましたから。昼間の時間はマタギで使えないから、夜の仕事をするしかないだろうと。とにかく、自分ができることなら何でもいい、それくらいの気持ちでした。それで、たまたま求人広告で見つけた塾講師に応募しました。

●主な収入源は塾講師なんですね。

マタギでも鳥獣駆除の日当や農園の手伝いなどの現金収入が時々ありますけど、メインの収入は塾講師ですね。マタギの仕事では得がたい経験をさせてもらっている。塾講師では生活の糧を得ている。だから、同じ仕事でも性格が違うんですね。僕にとっては両方、大切な仕事です。

●マタギをしている時と塾講師をしている時では、心理面での変化はありますか?マタギの時とは違うスイッチが入るみたいな?

違うスイッチというか、まったく違う感覚でやっています。塾の生徒にマタギの僕の価値観は関係ないですからね。マタギで学んだことを子どもたちに押しつける気もありませんし。目標とする高校や大学に入れるよう、それだけを考えてサポートしています。

●ここまででお話ししていて、橋本さんはお金の価値観が一般の人たちと違う気がしました。

お金はあった方がいいですけどね。でも、僕はお金のために生きてるわけじゃない。アパートを借りられて、不自由なく食べられればそれで良いのです。よく言われることですが、長い時間かけていくらお金を貯め込んでも、あの世には持っていけません。僕にとっては、お金はツール。日々生活できる分だけあれば十分です。
逆に言うと、今、食うに困る状態だったら、マタギ修行どころじゃないかもしれません。やはり生活の基盤が第一というのは皆さんと変わりません。

●今の世の中は、将来が不安、とにかくお金を貯め込まなきゃという雰囲気が強いですね。でも橋本さんのように、そういったお金の縛りから自由になると、自分らしく生きられる気がしました。もちろん、完全にお金から自由になるのは難しいですが、縛られすぎて人生がつまらなければほんと意味ないですもんね。

先のことは考えられない。今の自分にできることだけを

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●マタギ生活をしていて、ふと都会に戻りたいなと思うことはないんですか?

ないですね。大学時代、人並みに遊んだり、美味しいものを食べにいったりしましたが、そういう生活に魅力を感じませんね。それに食べ物という部分だけで考えてみても、山で採るきのこや山菜の方が美味しいです。都会の方が上で、田舎の方が下ということじゃないですからね。

●今は30歳ですよね。結婚を考えることもありますか?それとも、そういうものにはあまり興味はない?

まあ、結婚というテーマになってしまうと、思考停止になっちゃいますね(笑)。今はリアルに考えられないですから。ただ、安定した生活、何不自由ない生活がすべてではないですから。「生きるって面白いな」と感じられるのはマタギ生活の方です。

●お金のお話の時もそうでしたが、橋本さんは一般的に言われている「こうでなければならない」という価値観にはこだわっていませんね。だから、自分のやりたいことを自由に追究していられるんですね。

僕が重視してるのは、お金や安定でなく、貴重な経験なんですね。ここでしかできない経験、僕にしかできない経験…そういったものを僕は求めています。そして、そういった凄い経験をたくさん持っている師匠の菅さんに惹かれるのでしょう。
●都会でも、貴重な経験はできませんか?

何を貴重な経験と思うかは、人それぞれですからね。僕にとっての貴重な経験とは、山の中でも一人で生き抜ける強さだったり、動物たちの命をいただくことで生かされている循環を感じることだったり、そういうものです。日本の中で、このような経験ができる場所はごくわずかです。だから、僕はこの秋田の山奥に居続けています。

●これから先の橋本さんがどんな選択をしていくのか、とても気になりますね。また取材させてください。ありがとうございました。

どういった選択をすれば貴重な体験ができるか?

現在、日本での働き方は、“やるべきこと”を中心に考え、一つの会社に生涯とどまる「メンバーシップ型」が中心。この流れが現在、“できること”を軸にどんな仕事をするかを模索する「ジョブ型」に変化しつつあり、さらに、“何をやりたいか”を軸にプロジェクトベースでキャリア形成をしていく「パートナーシップ型」に移行するのではないかと言われています。
今回のインタビューで一番記憶に残るのは、世間の「こうでなければならない」という価値観にとらわれず、「どういった選択をすれば貴重な体験ができるか?」を軸にマタギになった橋本さんの生き方。そしてそれが先述した日本での働き方の変化と同じ道筋をたどっていることです。
現時点では橋本さんの選択に対して「なぜ?」と感じる方も多いと思いますが、近い将来、多くの人が共感する価値観になるかもしれません。今“やりたいこと”があるのに勇気が出ない方も、こういった働き方の潮流を踏まえて、もう一度、今後の選択を考えてみてはいかがでしょうか。
■『気になる移住者』の過去のインタビュー
『気になる移住者』東京のweb業界から山形の農家へ。移住で手にした新たな価値観。

東北奥の奥ライター
ビジネス書専門の『アスラン編集スタジオ』の正社員ライターを経て秋田県へUターン。2016年よりフリーランスライター。専業ライター歴20年。

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