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スイッチコラム

人生100年時代を生きる私たちが、今すべきこと。キャリアデザイン学の専門家が語る「プロティアン・キャリア」という生き方

2020.01.10

リモートワーク、時短勤務、副業……。人生100年時代といわれる現代、私たちの働き方も大きく見直されてきています。そんな中、あるキャリア論が、注目を集めています。
「プロティアン・キャリア」
1976年にアメリカの心理学者、ダグラス・ホールによって提唱されたキャリア論です。
今回、「プロティアン・キャリア」に着目し、2019年8月に「プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術」(日経BP)を上梓した、法政大学でキャリアデザイン学の研究をしている田中研之輔教授にお話を伺いました。

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田中研之輔(たなか・けんのすけ)
法政大学キャリアデザイン学部教授、博士(社会学)、専門はキャリア論。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員を務める。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手掛ける。このほか、現在は民間企業の取締役や社外顧問を14社務める。著書に「先生は教えてくれない就活のトリセツ」(筑摩書房)、「丼家の経営」(法律文化社)など多数。著書24冊。

大企業が認め始めた「終身雇用」の制度疲労

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▲『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』(日経BP・刊)

――まず「プロティアン・キャリア」がどういうものか教えていただけますか?

田中研之輔さん(以下、田中):「プロティアン」という言葉の意味から説明すると、「変幻自在」という意味になります。語源はギリシア神話に登場するプロテウスという神です。プロテウスは状況に合わせて火にもなるし水にもなる。変化していくことで自分を守ったり、他者を幸福にしたりすることができるんです。それをキャリア論の視点からとらえて、社会の状況に合わせて自らも変化していきましょうと提唱しているのが「プロティアン・キャリア」です。

――田中先生が「プロティアン・キャリア」に着目されたきっかけはなんだったのでしょう?

田中:人生100年時代といわれる現代、これからは企業の寿命より自分たちのキャリアのほうが長くなってきます。2019年、経団連の中西宏明会長や、トヨタ自動車の豊田章男社長による「終身雇用の見直し・廃止」についての発言が世間に衝撃を与えましたが、終身雇用は制度疲労を迎えていると言っていいでしょう。一方で「働き方改革」で多様な働き方を支援する動きが出てきている。経済界からも政府からも、“自らの働き方をデザインしていきましょう”というメッセージが発信されている中で、これからのキャリア形成について、1つの行動指針が必要だと感じていたところで出会ったのが、ダグラス・ホール教授の「プロティアン・キャリア」でした。「プロティアン」は、私が作った造語ではなく、キャリア論として語られてきたもので、今の時代に適合した最新のフレームだととらえています。言ってみれば、私は「プロティアンの日本版」を提唱しただけなんです。

――今の日本に「プロティアン・キャリア」が適合していると思われる理由はなんでしょう?

田中:まずAIやIoTといった技術の進化で、既存の職業がなくなり、一方で新しい職業が生まれるということが起こってきています。また人生100年時代を迎え、70歳まで働かなければいけなくなるかもしれない。人口減少による労働力不足、女性活躍社会、そして高齢者の就労機会確保などさまざまな要因が、人生100年時代の今、重なってきている。そういった状況に合わせて、自分たちも対応していかなければいけない時代が来ているのです。労働者の約半数がフリーランスとなっている欧米に比べると、日本は「プロティアン・キャリア」後進国かもしれませんが、これからは激震地になっていくと思います。というより、なっていかないとグローバルシーンでは生き残っていくことはできません。

――12月19日に政府から「全世代型社会保障制度」の中間報告が発表され話題となりましたが、高齢者の医療費負担増や年金支給開始時期の延長などと一緒に、「70歳までの就業機会確保」が盛り込まれていました。より長く現役として働くためには、いつなくなるかもしれない現在の仕事に固執するのではなく、新しい職業に対応できるだけの準備をしなければいけないし、そのための変化を恐れてはいけないと。

田中:これまでは1つの会社や組織に自分のキャリアを預けていれば、キャリア形成、ひいては人生がうまくいく時代でした。しかしそれが音を立てて崩れ始めたのです。2018年に厚生労働省が公表した「モデル就業規則」で、初めて「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が盛り込まれ、この年は「副業解禁元年」と言われました。これからは大手の会社も副業を解禁していく流れになってくるはずです。本業以外の仕事をすることで、異なる複数職種のキャリアを蓄積していく働き方は、まさに「プロティアン」と言っていいでしょう。

日本版プロティアン・キャリアのポイントは大企業の“副業解禁”

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――日本版の「プロティアン・キャリア」があるとしたら、それはどういったものになるのでしょうか?

田中:大企業による副業の解禁が一番のポイントだと言えます。実は、中小企業のビジネスパーソンの中には、「プロティアン」な働き方をしている人が少なくありません。なぜなら自分たちのメイン事業にすべてを託すわけにはいかない。だからこそ必然的に変化に対応しながら、事業をスケールさせ、キャリア形成もしているのです。

――「プロティアン」でなければ生き延びれない。

田中:そうです。一方、大企業の場合ですが、事業の支柱がしっかりしているので、組織からしてみれば「プロティアン人材」はこれまでは必要なかった。働く側も「プロティアン」ではない働き方のほうが幸せでした。

――しかし中西経団連会長や豊田社長の発言からも、大企業といえども、そうは言っていられないことがわかってきました。

田中:大企業に勤める40~50代のビジネスワーカーが「プロティアン・キャリア」のビッグゾーンの1つになると思いますが、転職をメインで考えるのはちょっとリスクが大きい。そこで有効なのが「副業・兼業」です。先ほど大企業の副業解禁がこれからの流れになると言いましたが、現実にはまだ一部の企業が導入し始めたばかりなんです。経営陣が中堅・ベテラン社員のキャリア形成を考えて、副業の促進をバックアップしていけるかどうか。そこが日本型「プロティアン・キャリア」の分かれ目だと思います。

――「副業」、最近は「複業」と表すこともありますが(本稿では以降「複業」で統一)、なぜ「プロティアン・キャリア」に有効なのでしょう?

田中:これだけ技術の進歩が速いと、今自分が携わっている職業がこれからも存在できるのかどうかはわかりませんよね。ある日突然会社が倒産したり、職業そのものがなくなってしまったりしかねない。その時に途方に暮れないためには、異なる複数職種のキャリアを蓄積しておく必要があります。そこで有効なのが「複業」です。退路を断ってしまう転職は失敗した時のリスクが大きいのですが、「複業」であれば方向転換は容易です。

ビジネスパーソンがこれからすべきことは“キャリア資本”の蓄積

――これから日本版「プロティアン・キャリア」を実現していくために、ビジネスパーソンはどのような動きをしていけばいいのでしょうか。

田中:私が提唱しているのは「キャリア資本」の蓄積です。

――「キャリア資本」とはどういったものでしょう?

田中:「ビジネス資本」「社会関係資本」「経済資本」の3つで構成されていて、「ビジネス資本」は仕事で培われるスキル。「社会関係資本」は、仕事やコミュニティなどを通して形成される関係性やネットワーク。「経済資本」はお金や不動産、車などの資産ですね。このうち大事なのが「ビジネス資本」と「社会関係資本」で、この2つの資本は蓄積される一方で減ることはありません。しかも資本なので、他の資本や資産に転換することができます。

ファーストキャリア形成で得た「ビジネス資本」は何だったか。30代になったらどんな資本が溜まっているのか。キャリア形成の折々で棚卸しをしながら、今後の社会の流れを見据えた「キャリア資本」の蓄積をしていくことが大事になってきます。

なぜこんな話をするかというと、たとえば「1000万円投資するから、明日までに英語をネイティブに話せるようになってください」と言われてもできませんよね。そう考えると、キャリアには「中長期での戦略」が必要になってくるんです。

――わかったような、わからないような(笑)。田中先生ご自身はどのように「キャリア資本」を蓄積されてきたのでしょうか?

田中:現在大学教員として12年勤めていますが、最初は大学とは何かを知るために、9つの大学で兼務しました。いろんな大学で教えていると学生が持っている関心やレベル感、それぞれの大学の特性などがわかってきます。ところがそれらの理解が深まってくると、今度は自分の「ビジネス資本」が貯まらなくなってくる。なぜなら同じことを繰り返しているだけになってしまうから。「ビジネス資本」の使いまわしに入ってしまう。毎年ピュアな学生たちが入ってくるので、教えること自体にやりがいは感じられるけど、自分の「ビジネス資本」が貯まっていくという実感が持てなくなるんです。

――減ることはないけれども、増えてもいかない。同じ仕事を2~3年続けていると、誰の前にも立ちはだかる壁ですね。

田中:私の場合はそれを「社会関係資本」に転換していきました。大学教員が持っていないキャピタル(資本)を取得したいと思って、孫正義氏の「ソフトバンクアカデミア」の第一期生になったのもその1つ。それと同時に企業顧問の仕事を増やしながら「ビジネス資本」と「社会関係資本」を貯めていきました。

何から始めればいいかわからない人に使ってほしい「プロティアン診断」

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――現在は大学で教えながら企業顧問もされ、本の執筆まで行うなど大活躍されています。

田中:それも明確な意図をもってやってきました。たとえば現在のスタイルは10年前から意識していたもの。私の場合、「社会関係資本」の蓄積を大切にしてきました。そうやって培ってきた「社会関係資本」が、今になって少しずつ芽になって「ビジネス資本」や「経済資本」に転換しているという状態です。本の執筆にしても、テーマや出版のタイミングは5~10年の中長期プランとして取り組んできましたし、今は5~10年先のことを考えています。

――すごいですね!でもビジネスパーソンの多くは「まず何をしたらいいのかわからない」という人がほとんどだと思います。

田中:そうですよね。そこできっかけとして使ってほしいのが、著書「プロティアン」でも紹介している「プロティアン診断」です。「英語の勉強をしていますか」「新聞は読んでいますか」という15の項目があり、そのうち12個以上該当すれば、その人はプロティアン人材といっていい。高い感度を持っていて、社会がどのように動いているかを的確に把握できている人です。

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▲出典「プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術」

――私は9個、セミプロティアン人材でした。

田中:この項目はキャリア論の中から、キャリア形成時に必要とされる要素に落とし込んだものです。だから何をしたらいいのかわからないという人は、チェックされなかった項目を埋めていくような行動から始めてみてはいかがでしょうか。

人生100年時代では3つの職業を体験するようになる

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――田中先生は、日々学生と接しておられますが、社会に出たことのないゼロキャリアの学生さんは、もっと迷われているのではないですか?

田中:確かに学生だとまだ「何になりたいかわからない」という人が多いです。しかし「何になりたいか」ではなく、「やりたいことを3つ書いて」というと、みんな書けるんです。1つに決めるのはハードルが高いけれども、候補を3つ挙げるのは、誰でもできる。この3つの中から1つ選ぼうというのが昔のキャリア選択でした。しかし私は3つあったら3つとも育てようと話しています。

――その意図はどういうものでしょう?

田中:人生100年時代の働き方って、本当に3つの職業を体験する時代になると思っているんです。そうじゃないと、人生が退屈なものになってしまいます。時間を持て余すだけの、時間余剰人生ですね。退屈なだけで済めばいいけれど、その職業自体がなくなってしまう可能性だってありますよね。実際に私は大学教員という仕事と企業顧問という2つの職業を持っていますが、あともう1つできると思っています。

――なるほど。でも実際には「複業」を認めている会社はまだそう多くありません。「プロティアン・キャリア」を意識した働き方をしたいと考えている人が、今できることはなんでしょう?

田中:夜や週末の時間を使って、学校や講習会に行ける環境があるならば、「社会関係資本」を貯めることはできます。もちろん、学ぶことで新たに「ビジネス資本」も形成できます。勤務後の時間の使い方は、自由ですから。
しかし「複業」も禁止、外との出会いもない職種で、今後改善の見込みもないようであれば、思い切って転職するという選択肢もあると思います。いずれの会社も、いま、変革期を迎えています。現在のお勤めの企業で複業の体制が整うかどうか、見極めるようにしてください。いずれにせよ1つの組織に自分のキャリアを預けることのリスクは知っておくべきです。

企業に求められる「プロティアン・キャリア」への対応

――ここまでビジネスパーソンの視点に立った「プロティアン・キャリア」について伺ってきましたが、逆に企業側はどのように対応していったらいいのでしょう。

田中:これまでの企業が考える雇用とは、人材の囲い込みでした。実際にやっていることは、新人研修での帰属意識の刷り込みに始まり、一生面倒みると匂わせておきながら、55歳で役職定年させての専業勤務。今まで通り、週5日間働いているのに年収は三分の一に減少。家のローンも残っているし、子どもの大学進学費用もかかるしで、働き手はただ疲弊するだけです。しかしこれからはそういった企業に人は集まらなくなるでしょう。

――企業であるからには生産性向上は大事ですし、そのための人材確保も必要です。魅力ある企業であるためには、どうすればいいのでしょうか?

田中:なるべく早い段階から「複業」を認めて、「プロティアン人材」を増やしていくことです。「プロティアン人材」は心理的達成度、幸福度が高い人たちです。ビジネスシーンで必要なスキルにいち早く気づいて、積極的に学習をするような人たちです。組織に所属している間の生産性は極めて高い。こういう人材が活躍する企業は就職先としても魅力的に映るはずです。

――これからの時代は、そういった開かれた企業に優秀な人材が集まると。しかし「複業」を認めてしまうと離職の可能性も高くなるのでは?

田中:企業側に言いたいのは、「プロティアン人材」が出ていくことを恐れてはいけないということです。いい関係を続けていれば、出て行っても戻ってくるかもしれないし、戻ってこないとしても連携することができる。ある種の「プロティアン人材のアルムナイ(卒業生)」を作っておくほうが企業にとってのメリットになるのです。

――他の場所で蓄積したキャリアを持ち帰って活かしてもらう。人材を流動させるということですね。出すのではなく、行き来させる。

田中:複数企業間での「プロティアン人材のシェア」と言ってもいいかもしれません。いずれにせよ、会社に残るか辞めるかという、役職定年や早期退職は、企業がやるべきことではないと思っています。三分の一の給料で、その分「複業」でバリバリ働いてくれるほうが企業側の利益は高いはずなんです。新規で人を雇って育てるのも大事ですが、いまそこにある戦力を手放すのはナンセンスです。

1つのアイデンティティで生きられた時代は終わった

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――最初に戻ると、これからは大企業を中心に「複業」を解禁する流れになってくるというお話でした。

田中:「複業解禁」はすでに政府も表明していることです。つまり「複業解禁」に舵を切らないのは、国が進む方向と逆に向かっているということになります。あとは経営者がどのタイミングで意思決定するのかということだけなんです。決断が早いほど人材競争において有利になるし、遅れるほど後塵を拝すことになる。大げさではなく、その判断は企業にとって死活問題になると思います。

――「ワークスイッチ」の“スイッチ”は「転換」という意味です。私たちはその思いを発信していくためにメディアを作っています。「変幻自在」という意味を持つ「プロティアン・キャリア」は、とても示唆に富んだキャリア論だと感じました。今日はヒントをたくさんいただき、ありがとうございました。最後に、読者に向けてメッセージをお願いいたします。

田中:企業の寿命よりも長く働くと言われる時代に、1つの組織にキャリアを預けることのリスクをまず認識してください。特に20~30代の方たちにとって、親世代の働き方が参考にならない時代になりました。1つのアイデンティティで生きられた時代が終わったということを理解したうえで、思い切って変幻自在な「プロティアン」な人生を謳歌して欲しいと思います。ただ、誤解のないように付け加えておきますが、今の職場を軽視するという意図は、プロティアン・キャリア論には、ありません。社会ニーズを的確に捉え、変幻自在に自己を成長させていくことで、「今」の働くを最大限に高めていくことができる。それがプロティアンな働き方なのです。

そのためにも、外からの刺激をシャットダウンするようなことだけはしないでください。「キャリア」という言葉は、「職業経歴」という意味を超えて、人生の在り方を指すようになりました。これから出会うもの、すでに興味を持っているものに対して、ビジネスとしての利害関係だけで考えるのではなく、自らのキャリアを形成していくうえでどう位置づけられるのか。そういう視点からなら、大切なものの取捨選択ができるようになるはずです。

あなたの人生は、あなたが創り出すノンフィクションなのですから。

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取材・文/小貫正貴、撮影/土井一秀、編集プロデュース/藤田薫(ランサーズ)

ワークスイッチコンサルティング主催セミナー 
第3回 Work Switch DAY~人と組織の生産性向上を考える~

ワークスイッチコンサルティングでは、「人と組織の生産性向上を考える」をテーマにイベントを開催します。
基調講演として、本記事に登場いただいた法政大学キャリアデザイン学部教授・田中研之輔さんをゲストにお迎えし、企業にとっての人材活用と生産性向上の未来についてお話しいただきます。
ほかにも、ワークスイッチコンサルティングが取り組む6つの領域の「生産性向上」について専門テーマ別セッションを行います。

Work Switch DAY 2019「働き方改革時代の生産性向上」
日程:2020年1月23日(木) 15:30~18:00 (開場 15:00)
場所:ラーニングスクエア新橋
参加費用:無料
申し込みURL:https://www.persol-pt.co.jp/eventseminar/list/other/workswitchday03/

皆さまのご参加をお待ちしております。

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