オフィスは、普通の会社にはあるもの。それを無くしただけでも驚くけれど、無くしたものはオフィスだけではなかった。組織図・指揮・命令、そして上司さえも無くしたのだ。
そうしてすべてを無くし、新しく作り上げたのが全社員リモートワークという環境。リモートワークという新しい働き方が、会社のあり方を変えつつある。
この大変革に取り組んだのが株式会社ソニックガーデン。大企業の社内ベンチャーとしてスタートした同社は、新しい取り組みを次々と行うことで知られるIT企業だ。
ソニックガーデンが目指す理想の働き方とは?同社代表取締役社長・倉貫義人氏に、オフィスも組織も無くしたこれまでの経緯と、働き方に関する考えを聞いてみた。
「無くすこと」から会社がはじまった。
— 今回、オフィスを無くしたソニックガーデンという会社は、どういった流れでできたのでしょうか。
倉貫:新卒から私が働いていた大手のSIer(エスアイアー。各企業の情報システム構築を設計・開発・運用する会社)で、社内ベンチャーを作ることになったんです。
— 社内ベンチャーがきっかけなのですね?
倉貫:はい。社内ベンチャーを2年間やらしてもらったあと、その社内ベンチャーを私が買い取る形で独立しました。
— 独立時に変わったことはありますか?
倉貫:新しいビジネスモデルで戦い始めました。プログラムを作るのは好きだし、ソフトウェア開発をど真ん中に置いた会社にしよう。でも、普通の受託開発(業務用ソフトウェアや情報システムなどの開発を受注すること)では勝てない。じゃあ、我々が勝てる開発って何だろうと考えた時に「納品のない受託開発」というビジネスを考えました。
— 受託開発なのに納品が無い!?一体どういうことでしょう?
倉貫:ソフトウエアを少しずつ成長させていくという以前から描いていた方向性に合ったビジネスモデルとして始めました。納品のない受託開発とは、お客さんと一緒になってユーザーの実際の反応を見極めながら少しずつ作るやり方です。
従来の、納品がある受託開発だとどうしても納品したらそこで終わりになりがち。ユーザーが本当に求めるものがなかなか作れません。ユーザーの反応を見ながら少しずつ作って成長させていく。納品がない代わりに毎月すこしずつ作り変えていく。そうすることでよりよいものが提供できるのです。
「勤務地不問」にしたら優秀な人材の応募が急増!
— その「納品のない受託開発」で会社が順調に成長して今日に至るわけですね。リモートワークは当初から導入していたのですか?
倉貫:いえいえ(笑)。リモートワークは全く考えてませんでした。
— そうなんですね!リモートワーク導入のきっかけは?
倉貫:独立創業した直後に、メンバー募集ページに「勤務地不問」と書いたことがきっかけでした。「勤務地・東京」とすると、応募が増えないと思って「勤務地不問」にしたんです。
すると、兵庫県の方から最初の応募がありました。初めての応募が、リモートワーカー(在宅勤務者)なので正直心配ではあったんですけど、非常に優秀で熱意もあったので入社してもらいました。
— 募集要項がきっかけだったんですね(笑)。勤務地不問としている以上、その後もどんどん地方から応募が?
倉貫:そうです。最初のリモートワーカーとなった彼がブログをこまめに書いていたんです。東京の仕事が地方でできる。良い働き方だよ。ハッピーな生活だよ。そういう話をどんどん書く。すると、リモートワークができる会社という話が広がって、地方からの応募が増えました。
— いい連鎖ですね!ブログでも書かれたというリモートワークが「良い働き方」というのは具体的には?
倉貫:まず会社側にとっては、場所にとらわれずに優秀な人を日本全国から採用できるのはとてもいいことですね。メンバーにとっては、離れた場所でも仕事ができることはもちろんですが、それだけではありません。働き方としてオン・オフの切り替えが1日に何回も出来るというメリットもあります。
— 1日に何度もオン・オフ?
倉貫:今までの働き方だと、オフといっても会社で休憩するぐらいしかできないですよね。
それがリモートワークでオフにしたら、家族とご飯を食べに行ったり、授業参観に行ったりできるのです。ちょっと役所へ手続きに…ということで休みを1日とる必要もありません。自分で時間をコントロールして自由に働けるようになるんです。
— とてもいいですね!でも、自分でコントロールするのは結構大変そうです。
倉貫:ええ。そこで、僕らの会社ではセルフマネジメントの重要性を掲げています。自分の仕事は自分でマネジメントしましょう、という方針です。そうすることでわたしたちは、上司のいない会社を実践してるのです。
オフィスも組織図も上司もいらない!
— 上司のいない会社ですか! 納品やオフィスだけでなく上司も無くす?
倉貫:自分の上司は自分であるっていうスタイルが1番なんです。そのセルフマネジメントができるところまで教育をするし、育成します。
— 上司がいないとすると、社長はどうやってマネジメントをするのですか?
倉貫:わたしも基本的にマネジメントをしません。例えば、リモートワークでは勤怠管理はしないです。管理はメンバーが自分でします。勤怠管理表はあるけれども、それは自分で自分を登録して管理をします。
— 管理がないとすると、いろいろな物がいらなくなりそうです。
倉貫:そうですね。指示や命令がないので、上司もいないし、組織図もないのがうちの会社です。
— オフィスも上司も組織図も無い!究極のフリーですね。
倉貫:すると、フリーランスの集団だと思われがちなんです。でも、違います。我々の働き方はフリーランスの集団ではなくて、あくまでチームとして、会社の一員として皆働いているんです。我々はリモートチームと呼んでいるのですが、「離れてもチームである」という環境作りを実現しようとしています。
どうしているのかと言うと、裁量労働で自分たち自身を管理するとしても、ちゃんと毎日フルタイムで昼間の時間働いています。
— 昼間働いている間の、メンバー同士のコミュニケーションはどうしてますか?
倉貫:オフィスはないですけど、オフィスのようなコミュニケーションをとれるRemotty(リモティー)というツールを自作して使っています。仕事を始めるときはリモティーにログインしましょう、仕事が終ったらログアウトしましょうという使い方です。
このツールでは、ウエブカメラでメンバーの様子もお互いに見えます。コミュニケーションも取れるんですよ。
— スマホでも見られるんですね。リモートらしいです!まさか、会社の飲み会もリモート化されていたり(笑)。
倉貫:もうすでにやっていますよ(笑)。リモート飲み会自体はずっと昔からやってたんですけども、うまいことやるリモート飲み会のスタイルは試行錯誤して今の姿を確立してます。
— 試行錯誤の結果の形とは?
倉貫:昔はオフィスがあったので、オフィス的な場所で飲み会をしてリモートの人たちがさみしくないようにパソコンを立てかけて、こちらの飲み会とリモートの人をつないでいたんです。でも、それだとどうしてもこっちで盛り上がるとリモートのメンバーを忘れちゃう(笑)。
すると、リモートメンバーは疎外感を感じちゃう。じゃあどうすればいいんだろうということで考えたのが「全員家からリモートで飲み会に参加」だったんです。
— 参加者は、パソコンの画面と必ず1対1になる?
倉貫:そうです。1人でもリモートがいるんだったら全員リモートにするのが、うまくやるコツだなと僕らは考えています。
— なるほど!それが最終的に、社員全員のリモートワークとなって、オフィスを無くすことにも繋がるのですね!
自分がどう働きたいかを考えて、自分が置かれた環境を活用すれば働き方は変えられる!
— 社員全員リモートという働き方は、自分らしく自由に働くための一つの理想形という印象です。
倉貫:昔ながらの会社の考え方でいうと、社長の野望があって、その実現に必要な労働力として雇用をします。社員は労働力を提供するので、そのぶん給料を貰う。でもそうなると、支配する側と支配される側みたいな関係がどうしても生じます。
でも、そうした会社のあり方はもう成立しないのかな、と。これからの時代は多分、難しい問題を解決したり、ゼロから何か新しいクリエイティブを作っていく仕事が増えていきます。
そうなったときに、人を管理したり、コントロールして社員を働かせられるのかと考えると、あんまり有効なマネジメントではないな、と僕らは感じているんですね。
— これからの時代は求められる仕事が変わるから、会社も働き方も変わると?
倉貫:変わるにとどまらないのが上司の役割です。例えば、お客さんと話をしてニーズがわかって、技術も知っているのは現場の人たちです。上司はただハンコを押すだけのボトルネックにしかならない。そう考えると、上司はいらなくなってくる。
かといって、そこを振り切って、全員がフリーランスになるかっていうとそうでもないですね。フリーランスは自由では全然ないんですよ。フリーランスになったら、すべて自分でやらなきゃいけない。営業も経理も経営も、お客様サポートも。
すると、本来やりたかったことが働く時間の60~50パーセントぐらいになってしまう。それで本当に自分らしい働き方なのかっていうと、そうじゃないと僕は思っています。
そのために我々は、全員リモートワークですけれど、会社としてやっているのです。
— 筋がとおってますね!でも、ソニックガーデンのような会社に入れないと自分らしく自由に働けないとなると困ります。
倉貫:その人が何をしたいかによって、アドバイスは変わるはずです。大企業だから、全員が仕方なく働いてるというわけじゃないですよね。フリーランスになったからといって自由ではないですし。
まず、考えるべきことは自分がどう働きたいのか。その時、自分が置かれた環境そのものも、自分の能力のうちの一つだとして考えたほうがいいと思います。
— それならできそうです!
倉貫:どうしてもみんな何かやろうとすると、裸一貫とかゼロからとか考えちゃうんだけども、自分の置かれた環境を生かすほうがずっとラクだし、むしろより大きな成果も得られます。
もし、いい大学を出て、いい会社に入れているのなら、それを生かす。フリーランスやってきて、いろんな人脈を持っているなら、それを生かす。そうした自分の経歴や環境を、それぞれの人が考えることが自分らしく自由に働く第1歩なんじゃないかなと、いつも思います。
— 倉貫さんが社内ベンチャーから始めたように、自分の環境を活用することが、働き方を変える最初のヒントになるんですね。その歩みを、リモートワークで得られる自分らしく自由に働ける状態に近づけていきたいです。本日はありがとうございました!