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宇多田ヒカル、AIなどの宣伝プロデューサーが語る『Feat.ソニーミュージックオーディション』で提示した独自のアルゴリズムと、新しいトレンドの作り方 ~コミュニティ進化論/後編~

2018.12.14

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近年、音楽ビジネスやコンテンツ産業の不振を各所で聞くようになりました。そんな中、新しい音楽マーケティングを試みている人物がいます。宇多田ヒカルやAIなどの宣伝プロデューサーとして名を馳せた、ソニー・ミュージックレーベルズ エピックレコードジャパンの梶望(かじ・のぞむ)さんです。そんな梶さんがプロデューサーとなり、「音楽トレンドを作る」ことを競うまったく新しいオーディション『Feat.ソニーミュージックオーディション』を開催。そのために“独自のアルゴリズム”まで開発したそうです。梶さんの話から音楽業界におけるイノベーションを紐解き、様々なコンテンツやプロダクトに関わるビジネスパーソンが学ぶべきヒントを探ります。
稀代のアーティスト・あさぎーにょに単独インタビューした「コミュニティ進化論/前編」に続き、後編です。

宇多田ヒカルの音源を持って全国行脚した、インターネット以前

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——2018年、ソニー・ミュージックレーベルズが『Feat.ソニーミュージックオーディション』というオーディションを開催しました。梶さんはその総合プロデューサーだったそうですね。

「ええ、やらせていただきました。僕は1年半前にソニーミュージックに移ったばかりなので、いきなりの大役を仰せつかってびっくりしましたね(笑)」

——そもそも梶さんは、音楽ビジネスの世界で一貫して宣伝プロデュースをやられていますよね。

「宇多田ヒカルを筆頭にAI、今井美樹、映画『ONE PIECE FILM GOLD』の主題歌を担当したGLIM SPANKY、MIYAVIなどを担当させていただきました。布袋寅泰さんの宣伝アシスタントをしていた時期もありましたね。最近では先の宇多田ヒカルの他、彼女がプロデュースをしている小袋成彬などを手がけています」

▲宇多田ヒカル

▲宇多田ヒカル

 ▲宇多田ヒカル約11年ぶりのシングルタイトルは「Face My Fears」。収録曲は『KINGDOM HEARTS Ⅲ』エンディングテーマ『誓い』とその英語バージョン『Don’t Think Twice』、そしてオープニングテーマ『Face My Fears (Japanese Version)』とその英語バージョン『Face My Fears (English Version)』の全4曲。

▲宇多田ヒカル約11年ぶりのシングルタイトルは「Face My Fears」。
収録曲は『KINGDOM HEARTS Ⅲ』エンディングテーマ『誓い』とその英語バージョン『Don’t Think Twice』、そしてオープニングテーマ『Face My Fears (Japanese Version)』とその英語バージョン『Face My Fears (English Version)』の全4曲。

▲宇多田ヒカルも認めた新世代アーティストの旗手、小袋成彬

▲宇多田ヒカルも認めた新世代アーティストの旗手、小袋成彬

 ▲2018年4月発売の1stアルバム『分離派の夏』が、高い評価を得た

▲2018年4月発売の1stアルバム『分離派の夏』が、高い評価を得た

——それらのアーティストをどのように宣伝していったのでしょう? 

「時代によって全然違います。たとえば宇多田ヒカルの話をすると、彼女がデビューしたのは1998年です。今のように高速でインターネットにつながることが出来なかったアナログな時代です。そこで宇多田ヒカルの出来上がったばかりの音源を持って、全国のラジオ局を飛び込みで回ることにしたんです。当時のラジオ局は今で言うところのキュレーターとしての役割が強くて、番組や業界内の口コミで『宇多田ヒカルというすごいヤツがいる!』というのを業界内で広めてくれたんです。さらに当時はクラブシーンも盛り上がっていたので、DJたちに音源をかけてもらったりもしていました。こういったシーンに刺さったのは、彼女の楽曲の持つコンテンツ力ゆえです」

AIの大ヒット曲『ハピネス』はマーケティングによって誕生した

——AIさんの場合はどうだったのでしょうか?

「僕がAIを担当したのは2011年で、すでに彼女には『Story』(2005年)というヒットがありました。そこで徹底的にリサーチをかけて、AIの音楽はファンはもちろん世間一般の人からどう捉えられているのか?を調べたんです。そこでわかってきたのは、多くのリスナーはAIのフレンドリーなところ、誰にでも愛されるところをリスペクトしていたということです。でも彼女の所属事務所は、彼女をファッション・アイコンのような一段上のところにポジショニングしたいと考えていた。そこで僕は「誰にでも愛されるフレンドリーなAIになりませんか?」という提案をしたんです。ちょうど東日本大震災というタイミングもあって、日本全体が不安を抱えていた時期でしたし、隣の誰かを笑顔にしないと世の中は始まらないのではないか、と。それが『ハピネス』(2011年)という楽曲に繋がり、2012年度のiTunesの年間ランキングで3位を獲得することになりました」

多額の宣伝費より重要なのは、戦略とストーリーテリング

——レコード会社のマーケティングでは、そこまで深い分析もするんですね。

「アーティストが作る音楽をどうしたらリスナーに届けることが出来るのか? 両者をどうやって繋げばいいのか? それをちゃんと調べて正しくサジェスチョンすることで、ヒットは生まれるんです。昔の音楽業界は『テレビに出れば出るほど、宣伝費を使えば使うほど使えばヒットが作れるかも』『月9(フジテレビのドラマ)の主題歌になれば大ヒット確実』といった時代もありましたが、最近は『そこまでのストーリーテリングはどうなっているのか?』という戦略があるかないかで、プロモーションで出た時やタイアップしたときの効果も全然変わってきます。

『音楽ビジネスは行き詰まっている』と語られることも多いかと思いますが、それは過去の成功法則に捕らわれ過ぎてそのやり方から抜け出せないでいるからだと思いますね。仮に今の時代が行き詰まっているのだとしたら、それは新しいものが生まれるチャンスでもある。そう思うとすごくワクワクしませんか?」

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『Feat.ソニーミュージックオーディション』は、デビューが最終目的ではないオーディションだった

——その新しいもののひとつが、今年(2018年)行われた『Feat.ソニーミュージックオーディション』だったわけですね。具体的な内容はどういったものだったのでしょう?

「約1000人の応募者の中から、6組のファイナリストを選出。彼らは3カ月の期間中に音楽を作り、自分の音楽をトレンドにするために、それぞれのやり方でプロモーションを実行し、競うというものです。ソニーミュージックは各アーティストに上限300万円の資金と、ソニーミュージックグループが持つ人的リソースやインフラなどを提供し、支援しました。例えば、参加アーティストのSUKISHAには音楽制作のための機材を支援しましたし、ドアノブロックにはMV制作のためのチームを用意しました。KID CROWにはAI(人工知能)でヒップホップを作りたいと言うので、グループの該当部署を紹介してジョインさせたりしました」

『Feat.ソニーミュージックオーディション』のファイナリストたち

▲あさぎーにょ

▲あさぎーにょ

▲SUKISHA

▲SUKISHA

▲夜中出社集団

▲夜中出社集団

▲葉山柚子

▲葉山柚子

▲ドアノブロック

▲ドアノブロック

——支援型のオーディションというわけですね。

「なぜこうなったかというと、今はオーディションで優勝してメジャーデビューすることだけを望んでいるミュージシャンが少なくなってきているんです。グランプリを獲得したあさぎーにょがその最たる例ですが、彼女はメジャーでデビューしたいと思っているわけではない。しかも今の若い人たちはセルフプロデュース能力が高い。宇多田ヒカル、SEKAI NO OWARIなどもそうですが、音楽に限らず、映像なども含めた自分の見せ方を自分でプロデュース出来る人が増えている。なので、アーティスト側に明確にビジョンがあるのであれば、僕らが過剰にプロデュースすることはせず、やりやすい環境を整えてあげるほうが、今の世の中には合っている気がしたんです」

——今回のオーディションの審査方法として、“独自のアルゴリズム”を開発したそうですが、実際どういうものだったのでしょう?

「まず、『トレンドを作るといっても、音楽が主語でなければならない』という縛りを決め、それを正当に評価できるエンジンを作ることにしました。ファイナリスト6組それぞれに対して短期・中期・長期の成長曲線を設定し、このアーティストならばこのラインまでは成長できるはずだ、という予測できるアルゴリズムを作りました。なぜそうしたかというと、絶対値で評価してしまうとあさぎーにょのように、すでにユーチューブやインスタグラムなどのSNSで数字を持っているアーティストがダントツで勝ってしまうからです。それでも結果、彼女はグランプリを獲得したわけですが、実は彼女にはかなりキツめの成長予測曲線を設定していました」

——逆に言えば、あさぎーにょはそれ以上にがんばったということですね。

「その通りです。そして僕らは3カ月間で彼ら彼女らがどう音楽を作り、どうやって音楽をバズらせていくか? つまりアーティストとして成長していく過程を定点観測しました。その際、どんな方法が有効で、どんな方法が効かないのか? その原因は何なのか? といったことを議論する勉強会を毎週のようにスタッフを集めてやっていました」

▲オーデションでグランプリを獲得したあさぎーにょ(左)とともに

▲オーデションでグランプリを獲得したあさぎーにょ(左)とともに

マネタイズは「可処分時間」から「可処分精神」の時代に突入する

——その分析結果が、今後の御社のプロモーション手段を考えるための資産になるという意味合いも、あったんでしょうか?

「おっしゃるとおり、我々の資産になると思います。アーティストの作品を売っていく者においては、そういうロジック、モノの見方はものすごく重要ですから」

——その中で新しい音楽トレンドを作るための方策は見つかりましたか?

「巷では『グランプリを獲得したあさぎーにょがやっていた、パジャマに音源をダウンロードできるQRコードを付けてリリースする発想力はすごい』と言われています。しかし、彼女の評価すべきところは実はそこではなくて、オーディションを通じてファンとのロイヤリティ(顧客の信頼性)が上がったことなんです。それは彼女が自分のやりたいことや想いを真っ直ぐにぶれずに出しているから、そこにファンが共感し、さらに絆が深まっていった、ということかもしれないですね」

▲Zepp DiverCity(TOKYO)のファイナル審査。それぞれのアーティストのコミュニティに所属する一般客が多数訪れていた

▲Zepp DiverCity(TOKYO)のファイナル審査。それぞれのアーティストのコミュニティに所属する一般客が多数訪れていた

——それが新しいトレンドを作るためのヒントということでしょうか?

「アンテナ感度の高い人たちもよく言っていますが、僕は今後のビジネスは『可処分時間』ではなく、『可処分精神』を獲っていくものになると思っているんです。
僕は今まで『可処分時間をマネタイズした人間が勝てる』と言ってきました。CDが売れなくなったこの時代に、なぜAKB48は勝てるのか? それは握手する時間を1分でも長く欲しいというファンの方がいるからですよね。ソーシャルゲームも同じで、何回ゲームオーバーになってもがんばれば無課金でクリアできる。でも、その時間を飛ばすために人はお金をかけています。全部、時間が基軸になっている。
ただし、今の時代は時間だけを切り取ればいいということではなく、時間を取るためにその人の心の深くにまで入って行かないといけないような気がしています」

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——特に音楽のような嗜好性の強いものはそうかもしれませんね。

「昔は数億円かけてテレビスポットを打ってヒットが生まれた時代もありましたが、今はそういう話をあまり聞きません。そういった強引が広く浅くリーチするやり方は効かなくなってきていて、映画『カメラを止めるな!』のヒットを見てもそうですが、むしろインプレッションが少なくても、どれだけ深くその人に刺さるかによって、その後の広さが変わってくる。そういうところまで深く掘り下げていけば、新しいトレンド作りや、ヒットの法則が生まれる気がしています」

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『Feat.ソニーミュージックオーディション』は、ある意味において現在の音楽マーケティングやコンテンツ産業の実証研究のようなものだったのかもしれません。そこを通して見えてきたのは、「マスに対してアプローチするよりも、少ないインプレッションの中でどれだけ深く心に刺さるか?」という非常にあたりまえでもありながらも現代的な結論です。こうした結果を元に新しいトレンドと、それを支持するコミュニティが出来上がっていくのは間違いありません。そしてそれは音楽に限らず多様な「プロダクト」に関わるビジネスパーソンにとって、注目すべき流れと言えるでしょう。
新しいトレンドの波を起こす今後のソニー・ミュージックレーベルズや梶望さんの動きに、今後も目が離せません。

ユーチューバー/インスタグラマー“あさぎーにょ”が語る、新しいトレンドとファンダムの作り方 ~コミュニティ進化論/前編~

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梶 望(かじ・のぞむ)
ソニー・ミュージックレーベルズ エピックレコードジャパンオフィスRIA部長。
1971年静岡県生まれ。中央大学理工学部卒業。1995年(現)日本コロムビア入社。1996年(当時)東芝EMI入社(その後、EMI MUSIC JAPANへ社名変更。ユニバーサル ミュージック合同会社に吸収合併)。宇多田ヒカル、AI、今井美樹、MIYAVI、GLIM SPANKYなどの宣伝プロデュースを担当。2017年、宇多田ヒカルのレーベル移籍に伴い、ソニー・ミュージックレーベルズに入社。

取材・文/尾谷幸憲、撮影/千々岩友美、編集プロデュース/藤田薫(ランサーズ)

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