はたらき方の可能性を
拡げるメディア

インサイトレポート

アイデアマンではなくインプットマン。ワークスタイリングを手がけた三井不動産・川路武さんに聞いた、新規事業開発のアイデアから実現までの「柔軟かつ一本気な姿勢」

2019.09.04

図6

国内マーケットの縮小やテクノロジーの進化を背景に、近年、多くの企業が新規事業創出に力を入れています。

今回お話を伺ったのは、三井不動産の川路武さん。川路さんが担った新規事業開発プロジェクトが形になったものの1つが、2017年4月より展開する法人向け多拠点型シェアオフィス『WORK STYLING(ワークスタイリング)』です。会員企業の従業員は、全国約40拠点あるオフィスを自由に利用可能。現在、350社、7万人に利用されるに至っています。スペースを提供するだけにとどまらず、この場を活用して企業と企業をつなぎ、オープンイノベーションの創出を支援するなど、「不動産業」の枠を越えてサービスを進化させています。

『ワークスタイリング』を軌道に乗せた川路さんが次に手がけるのは、次世代移動サービスMaaS(モビリティ・アズ・サービス)の実用化。2019年4月には、世界初の本格的なMaaSプラットフォームを展開するMaaS Global社(本社:ヘルシンキ)と契約を締結。街づくりにおけるMaaSの実用化に向けて協業し、新たな事業開発を推進しています。

新規事業のアイデアをいかに生み出し、形にしていくのか。川路さんの考え方、日頃の習慣などをお聞きしました。

図7

川路 武(かわじ たけし)
三井不動産株式会社 経営企画室 ビジネスイノベーション推進グループ グループ長
1998年三井不動産に入社。官・民・学が協業する街づくりプロジェクト「柏の葉スマートシティ」など、大規模案件におけるコミュニティづくりや、環境マネジメント案件の企画開発に多数携わる。三井不動産レジデンシャル(マンション事業の新商品開発等を担当)に出向していた2011年に、朝活『アサゲ・ニホンバシ』を開催するNPO法人『日本橋フレンド』を立ち上げる。ビルディング本部・法人営業グループを経て、2017年にワークスタイル推進部の統括として、多拠点型シェアオフィス『WORKSTYLING』のプロデューサー的役割として立ち上げを推進した。現在は経営企画部ビジネスイノベーション推進グループにて、MaaSの実用化に取り組む。

「アイデアマン」とは呼ばれたくない。新たな発想は「インプット」から

図1

―― 新規事業にはいつ頃から、どのような経緯で取り組むようになったのですか?

川路武さん(以下、川路):もともとは、マンションを中心に街づくりをする住宅事業に15年ほど携わっていました。その頃から新商品の開発や、マンション購入者向けサービスなどの企画を行っていたんです。その後、2015年秋からビル部門にて本格的に新規事業を創る担当になりました。その時言われたのは、「とにかく何か新しいことをやれ」ということのみ。「ビル事業に関係なくてもいい」ということでしたので、ランキングビジネスや古民家再生ビジネスなど、いろいろ考えましたね。30~40くらいは新規事業アイデアの検討をしました。その中から実現したのが『ワークスタイリング』だったんです。

―― 新規事業を任されたのは、やはりアイデアが豊富だからでしょうか?

川路:そんなことはありません。「アイデアマン」と言われることもありますが、その呼び方にはちょっとだけ抵抗があります。僕は特にひらめきに優れているわけではなく、人よりも「インプット」が多い。ただそれだけのことです。あるアイデアのひらめきって、多分20倍以上のインプットが必要だと思っています。

―― 「インプット」とは、例えばどんなことをされてきたのですか?

川路:その昔よくやっていたのは、休日などに部屋で映画をずっと流しておくんです。「観る」のではなく、「流す」。それも、自分の好みで選んだ映画ではなく、地上波で放映されたすべての映画を録り溜めておいたものです。平日の昼間や深夜に放映される、B級・C級の映画も含めて。しっかり観ようとすると、他の用事をするときにいちいち停止しなくてはならないので、ストーリーはあえて追わない。トイレに行ったり、歯磨きしたり、電話したりする間も、ずっと流しっぱなしにしておきます。

するといろんなものが見えるんですよ。例えば、その映画の舞台となっている時代に使っていたモノ・車・服装。主人公が演じている職業で使用する道具など。映画はそうした背景がしっかり作り込まれているので、テレビドラマよりもリアルです。
そこから具体的なアイデアにつなげるということではなく、自分の頭の中のセルを埋めていく、引き出しを増やしていく感覚です。

また、ストーリーを追わなくても、断片的なセリフは耳に入ってきますよね。劇中の人が「私はこう思う」と言えば「そんな考え方をする人もいるのか」と、「僕はこういうことは嫌いだ」というセリフを聞けば「それを嫌う人もいるんだな」と気付き、他人の価値観を疑似体験できます。

これを蓄積していけば、物事に対して、「こういう見方をする人もいるだろう」と気付くことができるようになるでしょう。いろいろな立場の人に成り代わって考えられるということは、マーケティングにも活かせると思います。

―― 他にもインプットの方法はありますか? やはり読書もされるのでしょうか?

川路:アイデアに苦労していた昔は、コンビニでの「雑誌2時間立ち読み」を自分に義務付けていたこともありました。女性誌も含め、あらゆる雑誌に目を通してましたね。

今は、何かテーマが持ち上がった場合は、関連する本を集中的に10冊ほど読んでいます。
そのほか、定期的に書店に行って、ジャンル問わず気になったタイトルの本をかたっぱしから買います。ただ、全部読むわけではありません。最初に目次を読むと、その本の構成がわかるので、必要だと思う章だけ読むこともあります。
一方、「絶対読まなければ」と思う本は、ベッドの脇に置いておき、毎晩開きます。睡眠導入剤のようなものなので一日に数ページずつしか進まないことも多々ありますが、毎日読む習慣がつくことで愛着も深まって、自分の中にしっかり取り込めると思います。

ただし、本から得られる情報というのは2次情報、3次情報です。それより、「1次情報」を集めることを心がけていますね。実際に体験した本人、行動した本人に直接話を聞く。職場でも、普段から、いろいろな人に話しかけるんです。例えば、何か新しいものが導入されたとき、会議で報告を聞くだけでなく、導入した本人にそれを選んだ理由を聞いてみる、とか。

図4

―― 人と話すとき、心がけていることはありますか?

川路:「驚きはどこにでもある」。それを意識しておいたほうがいいと思います。日々出会う人に対し、「普通の人」という印象で終わってしまっていることは多いのではないでしょうか。でも、一歩踏み込んで話してみると、驚くような経験を持っている人なのかもしれない。好奇心を持って聞かなければ、そんな驚きを経験することもなく、すべてが「普通のこと」になっていく。するとインプットも減り、アイデアのタネも見つけられなくなってしまうと思います。

新しいアイデアは、どのようにして生み出せばよいのか

図2

―― 新規事業に取り組んでいるけれど、行き詰っている……という人も多いと思います。事業のアイデアはどうすれば生み出せると思われますか?

川路:最近気になっているのは、多くの人がトレンドワードに踊らされてしまっているのではないか、ということです。社内外の新規事業担当者と話す機会もありますが、「AIを使って何か」とか「自動運転がくる。うちでは何ができるか」とかいう発想になっている。そうした最先端のことに対して「やらなければならない」という思い込みがあるように感じます。

そうではなく、見据えるべきは、「自分が助けたいと思う人、力になりたいと思う人は誰なのか」ということ、「その人たちがどんな悩みや課題を持っているか」ということ、そして「それを解決したいと自分が心から思えるかどうか」ということです。「この人のために何とかしたい」という熱意と、インプットした知識を結び付けるところから始まると思います。

―― 『ワークスタイリング』の発想はどのように生まれたのでしょう?

川路:今思い起こせば、「働く人の力を倍増させるような環境を作りたい」という想いが起点となっていたと思います。「働き方を変えることで、社会をよりよい方向へ動かす力になるはずだ」と当時は青臭く考えていました。
世間の実態として、働き方の自由度は高いとはいえませんでした。ベンチャー企業やフリーランサー向けのシェアオフィスやコワーキングスペースは増えていたのですが、会社員が自由に働ける場所はあまり見られませんでした。

私自身、平日に親として子どもの学校行事に参加することはあきらめていました。けれど、自宅近くでサテライトオフィスを利用できれば、会社までの移動ロスを省き、午前は仕事、午後は学校行事へ……という1日を過ごすことも可能になるのでは。そんなふうに、会社で働く人々が時間や場所の制約から解放され、これまでに我慢していたこともできるようになればいい。そんなことをチームで毎日議論していました。

図3

―― 『ワークスタイリング』にはさまざまな機能やサービスがありますが、それらも一つひとつ、「助けたい人の課題」に向き合った結果なのですね。

川路:例えば「備品」。PC周辺機器など、仕事に使うツールを備えるのはもちろんですが、汗拭きシート・眼鏡拭き・マウスウォッシュなどのアメニティにもこだわりました。。そういうアイテムを常にカバンに入れておく気配りができる人とそうでない人がいます。お客様への訪問前に「困った、どうしよう」なんて気をもむことになったら、その時間がもったいない。余計なことに気を遣わせず、本業に集中してほしいという思いから、立ち寄ったワークスタイリングにこんな備品があったらなと考えて導入しました。

また、企業側の視点に立てば、自社オフィス以外のスペース利用にコストを投じているのですから、社員が出向いた先で何かを得てきてほしいと考えるでしょう。例えば、他社の社員との交流が、新たな価値を生み出すきっかけになればいい、と。そこで、会員同士のマッチングを図る「ビジネススタイリスト」という新しい職種を作り、主要拠点に常駐させるようにしました。ビジネススタイリストが介在することで、『ワークスタイリング』からオープンイノベーションが生まれれば、と思います。

新規事業のプロセスで必ずぶつかる「壁」の乗り越え方

図5

―― 新規事業において、アイデアを形にしていくまでに、壁にぶつかったことはありますか?

川路:壁だらけですが(笑)、特に「多数派のニーズに応える」ことと「オリジナリティを出す」ことの折り合いをどうつけるかは紛糾しました。例えば、新しいサービスを導入したとして、それを喜ぶのは10人に1人で、残り9人は必要としていなければ、合理的ではないと判断され、そぎ落とされてしまいます。けれど、9人にフィットするものだけを集めていったら、どの会社がやっても同じものになる。オリジナリティを出すためには、10人のうちの1人にフォーカスしなければならない……と、そんな議論をかなりしました。そのほかにも、「本当にそれが必要なのか」「やる意味や価値があるのか」という声に常にさらされます。

―― そうした壁を、どのように乗り越えているのかを教えてください。

川路:手を変え品を変え、しつこく言い続ける(笑)。外部の人を巻き込んだこともありました。自分の考えを代弁してくれるような人を外部から招いて、やろうとしていることの意義や有用性を語ってもらうんです。
どうしても通らなければ、均衡点を探る。本当は100%やりたいけれど、ダメだと言われてゼロになるくらいなら、50%でも良しとして実現することを優先させます。

僕には、日頃から抱いている信条があります。「それもあり」です。この言葉は、いろんなところに書いて、心に留めています。例えば、力を入れて企画したイベントが台風で中止になるとする。そんなときも、悲嘆にくれて「うわーっ」とはならず、「しょうがないよね」で流す。気合いを入れて準備した企画書が上長から一蹴されたとしても、「しょうがない。それもありだよね」と。別にあきらめているわけじゃないんです。「それもあり」と受け入れる心構えでいれば、壁にぶつかることや失敗することを恐れずに前へ進めますから。

『ワークスタイリング』から、日本の働き方を変えていく

川路さんの取り組みを引き継ぎ、『ワークスタイリング』を進化させていく役割を担うのが細田知子さんです。

図9

―― 『ワークスタイリング』を、今後どのように展開していくのでしょうか?

細田知子さん:『ワークスタイリング』は、もともと「日本の働き方を変えていきたい」という想いからスタートした事業です。これまでは、拠点を作っていくこと、会員を獲得することで精一杯でしたが、2年強で350社、7万人の方に利用いただけるようになった今、新しいソリューションの提供に力を入れていきます。

「場所を貸す」という従来の不動産事業の枠を越えていこうと、トップも強い意思を持って現場へメッセージを送っています。これからは場所を提供するだけでなく、「その場所で何が起きるのか」へ想像をふくらませる。「ソフトだけを考える」くらいの意識で取り組んでいきたいと思います。いろいろな企業と連携してITツールも導入するなど、より働きやすい場づくりがしたい。日本の働き方の変革を、『ワークスタイリング』という場所から発信していきたいと思います。

図8

関連リンク
WORK STYLING 

取材・文/青木典子、撮影/大西知宏、編集/角田尭史(リスナーズ株式会社)

この記事をシェアする

RANKING

注目のキーワード